父が亡くなるまで、世田谷の家には父と母と僕で住んでいました。世田谷の家は出来れば今まで通り母と僕で住みたかったのですが、異母姉妹側の家の評価額とこちら側の家の評価額がどうしても折り合わず異母姉妹側の強い要望により売却する事になりました。
ここまで全ての話し合いでこちらが譲歩してきたので、最後に少し立ち退き料を頂く事でこちらも気持ち良く決着しようと税理士と話をしていたのですが、向こう側は100%自分たちの要求を通すつもりの様で最後まで少しの譲歩もしてくれませんでした。
今となってみれば、僕らは後妻の家族ですので僕の知らない所でいろいろと前妻の娘たちとしての思いも有ったのかも知れません。
ただ当時の僕は、お互いに譲るべき所は譲り円満に話し合いを進めるべきだ、と思っていたので、全く譲らず100%勝とうとする相手方を許せませんでした。相手の事を考える余裕も無かったのだと思います。
それならば立ち退きを止めようと思い、話し合いはストップしました。
しばらくして、異母姉妹側の弁護士から立ち退くようにとの手紙が届いたので、こちらも弁護士を探す事になりました。
その時までは、まさか自分の人生で裁判をする事になるとは思いもよりませんでした。
良い弁護士の事など全く知りませんので、何の知識も無い僕が探した所で何もわからない、それならば家から近い弁護士事務所に相談に行こう、と思いました。
今にして思えば間抜けだったなぁと思いますが、離婚裁判が専門と謳っている弁護士事務所に相続の相談をしに行きました。
そこで後日、相続問題が得意だという弁護士を紹介され、3人で話をしました。
ここまでの経緯を説明して、僕らの側はいくら立ち退き料を取れるのか?との話をした所、金額はやってみなければわからないとの事でした。
取りあえず手付金を払いお願いした所、早速成功報酬の話になりました。僕はてっきり立ち退き料の20%なのかな、と思ったら売却金額の内のこちら側(僕と僕の母と僕の妹)の取り分の20%と言ってきました。
僕はびっくりしましたが、まあ立ち退き料が取れれば良いか、でも立ち退き料のほとんどを取られちゃうな、でも別にお金が欲しい訳でも無いし、こちらは異母姉妹側にやられっぱなしだから一矢報いたいだけだから、まあ良いか、などと思っていました。
法律に詳しい方ならば薄々気付いている方もいらっしゃるとは思いますが、長くなったので、この続きは次回とさせて頂きます。
